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第37回 Crispr/Casシステムと医療への応用について

 今回のテーマは「Crispr/Casシステムと医療への応用について」です。Crispr/Casシステムは、既に基礎から応用までの様々な研究分野において活用されている強力なゲノム編集技術です。Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeat (Crispr)は、1987年に大阪大学の研究チームによって発見された、大腸菌がもつDNA繰り返し配列であり、その近傍にはCrispr Associated Proteins (Cas) 遺伝子群がコードされています。大腸菌は複数種類のCasを利用し、侵入してきた外来ウイルスやプラスミドを分解し、自身のCrispr配列に挿入することで、免疫機構を獲得しています。

 この仕組みを応用し、RNA誘導型エンドヌクレアーゼであるCas9とターゲット配列を含んだ短いガイドRNA(gRNA)を細胞内に導入することで、効率的にDNA二重鎖の切断を引き起こすことができるゲノム編集ツールとなっています。Crispr/Cas9が2012年に発表されてからは第1、2世代のヌクレアーゼであるZinc Finger Nuclease (ZFN)やTranscription Activator Like Effector Nuclease (TALEN) に続く第3世代のゲノム編集技術として注目を集めてきました。

 これは私個人の経験なのですが、この技術の発表された当時、私はES細胞の樹立されていない生物種を用いて基礎研究を行っていたため、特定の遺伝子のみを欠損させるノックアウト系統の作製が難しい状況でした。数年前この技術を用いてノックアウト系統の作製に着手した際は、20塩基ほどの標的配列を含んだgRNAを用意するだけで、効率よく系統を作製でき、非常に感動したことを覚えております。私が経験したように基礎研究においても非常に有効なツールであるこのCrispr/Casシステムですが、これを医療へと応用しようという研究も次々に発表されています。

 外科治療や薬剤治療のみでは対応できない病気に対し、遺伝子そのものを対象にした治療を行う「遺伝子治療」自体は既に実用化が始まっています。例えば、2017年にアメリカで承認され販売が開始された「ラクスターナ」などが挙げられます。「ラクスターナ」は、レーバー先天性黒内障というRetinal pigment epithelium 65 (RPE65) 遺伝子の変異によって引き起こされる網膜の病気の治療薬です。アデノウイルスを用いて外部から正常なRPE65を患者さんの遺伝子に組み込み治療を行います。このように足りない遺伝子を追加する方法に加え、ZFNやTALENさらにCas9などのヌクレアーゼタンパク質を併用することで、異常な遺伝子を取り除くこと、場合によっては同時に狙ったターゲット配列のみに正常な遺伝子を導入するという治療法が「ゲノム編集治療」です。

 効果が期待される病気の一つの例として、外部からの感染がもとになる病気があげられます。例えば、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染によって引き起こされるエイズに関しては、これまでHIVの増殖を抑えるためにプロテアーゼ阻害剤やウイルスの逆転写阻害剤などを使った多剤併用療法(Highly active anti-retroviral therapy : HAART)が用いられてきました。これは大変有効な治療法で、患者さんの多くはウイルス量を低く保てるためエイズの発症を抑えることができるようになっています。しかし、HIVは休眠状態となり体内に残りつづけるため、継続的な治療が必要となること、またHIVは変異を起こしやすいウイルスであるため薬剤耐性ウイルスの発生が報告されており、休眠状態のウイルスを体内から除去することが次なる目標となっています。

 近年試みられている新たなHIVに対するゲノム編集治療の1つは、休眠状態のウイルスがもつ長い繰り返し配列であるLong terminal repeat (LTR)に対するgRNAを設計し、Cas9によって入りこんだウイルス配列を破壊しようという試みです。前述のとおり、HIVは変異の発生頻度が高いため、異なる配列を持つウイルス集団が存在している場合がありますが、Crispr/Cas9システムであれば異なるgRNAを用いて容易に複数のターゲットを対象にできるため、有効な治療法となるのではないでしょうか。

 外来ウイルス感染に対する治療法のもう一つの例として、DNA2重鎖切断を起こすCas9の代わりに、RNA切断を行うCas13を用いる研究も報告されています。Cas9は細胞に侵入後、逆転写によって宿主に組み込まれたDNA配列を対象としますが、Cas13はRNA切断を行うため、侵入してきたウイルス自体に対応できると考えられます。また、Cas9のヌクレアーゼドメインにアミノ酸変異を導入し、ヌクレアーゼ活性を失活させた不活性型Cas9 (dCas9) を利用する方法も研究が進んでいます。これは、遺伝子を切断せず、gRNAによってdCas9の結合のみが誘導できる方法です。活用例としては、ガン細胞などでの異常な遺伝子の発現上昇に対し、ターゲット遺伝子のプロモーター領域にdCas9を結合させることで遺伝子の発現制御などに活用できると期待されています。前述のCas13に関しても同様の方法でRNA切断活性を欠損させ、dCas13と別のエフェクター因子との融合タンパク質とすることでウイルスの効果的な検出法などに応用できます。これらは患者さんのゲノムそのものをターゲットとはしないため、ゲノム編集治療とは異なりますが、非常に興味深い研究です。

 このように強力なツールであるCrispr/Casシステムですが、最も大きな弱点として必ず言及されるのが、標的外の類似配列を認識し、切断してしまうオフターゲット効果です。これを解決するべく、改良型Crispr/Cas9システムが報告されています。その1つがPrime 編集です。これは2019年に発表された技術であり、Cas9をDNA2重鎖切断酵素から1本鎖切断酵素に変換し、さらに逆転写酵素との融合タンパク質として発現させる方法です。Prime編集におけるgRNAは、pegRNAと呼ばれ、Cas9によって切断された片方の鎖に挿入するための任意の配列を持っています。これによって2重鎖の片方の鎖のみを最初に切断し、編集を行うことができます。従来のCrispr/Cas9システムではターゲットサイトの2重鎖切断が起きるため高確率で変異が導入され、オフターゲット効果が懸念されてきましたが、この方法ではまず片方のみが修飾されるためオフターゲットが減り、さらにゲノムへの遺伝子ノックインも同時に行えるという利点があります。

 ヌクレアーゼを用いたゲノム編集治療、特に第3世代のCrispr/Casシステムを用いたものは、まだまだ実際に治療として利用される段階には至っていませんが、活発な基礎研究が行われることで有効な治療法へと結びつく可能性も高まっていると考えられます。当社のコラムでも何度か登場している次世代シーケンサーや、Single cell 解析など技術の革新によってゲノムの機能についての情報量が膨大に増えてきています。病気のメカニズムの解明と治療法の開発が急ピッチで進んでいますので、常に新たな情報に目を光らせ、開発の一助を担うべく努力してまいります。

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